わたしの目の前にあったのはラジオ。
そして知らない人。
「いま、夢の周波数を66.6に合わせてある。
君は普段から辛い思いをして、
恐ろしい悪夢にうなされてるから、
66.6に合わせておけば、幸せな夢を見れる。
君は今もう限界みたいだから、助けてあげる。
ただし、そのラジオの周波数が
もしも0.01でもずれてしまったら、
君はまた地獄みたいな悪夢を見るよ。
絶対に触らないようにね。幸福な夢を。」
知らない人が、わたしにそう言った。
だからわたしは66.6という言葉を
頭に浮かべたまま、眠りについた。
ふと気がついた時に
最初にわたしが感じたもの。
懐かしいような景色に、暗い駅。
いたのは、ずっと会いたかった人。
夢みたいな光景。二度と会えなかったはずの人。
号泣しながら駆け寄った。
ずっといえなかった言葉。
ずっと謝りたかった言葉。
ずっと1人で抱えてたものを吐き出した。
笑いながら、たまに苦しみながら、
高校生の頃みたいに、夜の散歩しながら
一緒に聞いてくれた。
これは夢だと、わたしは認知している。
66.6は幸福な夢だと言った。
これは、限界を超えてしまったわたしへの、
プレゼントかと思った。
11月9日は、その人の誕生日だったから。
遅れたけどおめでとう、と言えることも出来た。
でもそんな時間は長いようで一瞬だった。
ふと夢のラジオの方に目を配ると、
暗くて、おぞましくて、顔も見えない。
なにかもわからない恐ろしい者。けど、
思い出せないだけで、見覚えのある誰か。
その人がラジオの周波数を66.5に変えた。
その瞬間すべての世界が崩落した。
大事な人は、泣き叫んでも消えていった。
今すぐ近くにいたはずなのに、
何度手を伸ばしても、届くことは無かった。
きっと夢の中でも会えることはもう無いんだ、
なんとなくわたしはそう感じた。
そのときわたしは一度目を覚ましたのだと思う。
たしか現実での時間は2時頃だったはず。
このまま寝たら悪夢を見てしまう、
そう思ったわたしは水を飲んで、
もう気が抜けてしまっているコーラを飲んで、
少しでも寝ないように努力をしたんだろう。
そういった形跡が残されていた。
でも許してくれなかった。
気がついたときにはそこは66.5の世界だった。
そこは真っ赤に照らされたライトで
思わず目が痛くなるような、
廃棄された水族館のような場所。
恐る恐る歩いていくと、
わたしの嫌いな甲殻類や、エイが
みっちりとぐちゃぐちゃに生きたまま
詰め込まれて展示されていた。
床にはたくさんのカマキリの死骸。
赤いライトのせいで何色なのかわからない。
思わず吐きそうになりながらも、
歩みを進めると1人の女性に出会った。
真っ白で、モコモコなコートを着てて、
とってもふわふわした女性。
名前を尋ねると
「んー、こくまろさん。でいいかなぁ。」って
笑いながら話してくる。
まだこの世界から出られなくなる前は
カレーが好きだったらしい。
「この世界、すっごく気持ち悪い?
あなたの嫌いなもので溢れてるんだろうね。
でもわたしにはあなたのそれ、見えてないの。
わたしに見えてるのはわたしの嫌いなもの。
だからわたしにも最悪の世界だよ。」
そのこくまろさん……とやらは
話を続ける。
「この先進んでったらあなたは
どんどん見たくないものが増えていって、
そしてあなたのことを嫌いな人が、
あなたを66.4の世界に落とすよ。
66.4は死に近い世界。
そのときあなたは全てに絶望して
わたしみたいな存在になる。
わたしの言葉の意味がわかる?
いまあなたがここにいるのは、
あなたが昨日限界を知って、
全てに絶望したから。
それはすなわち、終わりを意味する。
あなたは現実世界では死なないよ。
でも、生きてることもなくなるよ。
難しいかな、わたしの言葉。
あなた、昨日感じたんでしょ?
自分、もう終わった。って。
その言葉通りの意味だよ。」
わたしは言葉通り理解した。
わたしが昨日の現実の昼間に感じた、
「あ、私はもう本当に終わった。」
という感情は、死ぬとか自殺するとかって
意味ではなかった。
いろんなことがもう抱えきれず、心が壊れて
感情を失くして、このまま廃人になってしまう。
という意味だった。
「わたしはもう絶望しきってる。
あなたの感じた限界と同じものを感じて、
わたしはもうそれを超えてしまった。
だからもうここから出られないけど、
あなたはまだ出られるよ。
わたしが周波数を66.6に戻してあげる。
ただ、その66.6の世界が
どんなにあなたにとって
幸せな世界であってもそこにいたら
あなたはまた落とされる。
どんなにそこに居たくても、
すぐ現実世界に戻った方がいい。
じゃないとあなたは全てに絶望する。
苦しいとも、悲しいとも、口にできない。
ただ寝てるだけの、本当の廃人になる。
それがわかったから、
昨日現実世界で終わりを感じたんでしょ?
だったら振り切らないとダメだよ。」
その通りだった。
「たまには悪夢だって役に立つんだよ。
わたしあなたに助けられたことある。
あなたが思い出せないだけ。
だからわたしは助けてあげる。
どうか、わたしみたいにならないで。
勘違いしたらだめ、66.6が本当の悪夢。
あなたはとにかく幸せから逃げて。
わたしが今から66.6に戻す。
どうか、自分に負けないでね。」
その瞬間、また目が覚めた。
現実世界は4時過ぎだった。
どうせまたすぐ眠らなきゃいけない、
そう感じたわたしは時刻だけ確認したあと、
すぐに眠りについた。
感じたのは温もり。大勢の声。
見た事のある施設。たくさんの利用者。
「また会えてよかった」
「ずっと心配してた」
そう泣きながら抱きついてくる
ずっと会いたかった利用者さんたちの声。
涙が溢れて止まらなくなった。
「わたしも会いたかったです」
「飛び降りて、バカなことしてごめんなさい」
そんなこと言ったら帰れなくなると思った。
わたしは振り切って66.6の世界のうちに
目が覚めるように自分に呼びかけた。
起きるように泣きながら必死に叫んだ。
こんな温かい場所にいたら
わたしはおかしくなってしまうから。
「66.6が本当の悪夢。」その通りだと感じた。
ようやく夢から覚めようとするとき、
一人の男と出会った。
もう顔も見たくないやつだった。
「想い人とうまくいってないみたいでよかった。
幸せになれてないみたいでよかった。
絶望してくれてよかった。廃人になりなよ。
だから言ったじゃん、腰の傷見てみなよ。
そんな重くて汚い物を抱えてる奴のことなんて、
誰も愛してなんてくれないって。
俺は前にちゃんと教えてあげたからね。
このまま上手くいきませんように。」
そこで目が覚めた。5時だった。
66.6。限りなく不思議で最悪ともいえない
最悪の悪夢だった。